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ちっちゃい子に癒されたい

拍手ありがとうございました!嬉しいです!絵は赤ちゃんと子供の頃の兼平と義仲。
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とんちんかんなこと言ってるといい。それが後年はああなるのですね、なるほど。
我が家の兼平は何度見ても赤子に慣れないようです。
子供の年齢差がうまく出せません。

大河の義賢お父さん…(泣)。大好きな絵師さんの書いてらした感想を見て、どうやらしょんぼりっぽいらしいとは覚悟していたのですが想像の七十倍はしょんぼりでした。まあ太刀を受け取ってるシーンからして頭弱そう素直でお人好しそうでしたけども。ところで重盛より義平の方が年上に見えたのは私だけですか。




あと自分用メモ
清盛の時代について初心者な私が学生時代から平家物語ファンな母からの情報をもとに頭を整理した結果↓
平氏は院に土地を寄進して地位を築いたとよく言うが、そもそも院制度は実質上白河院が始めたそれまでなかった制度なので、土地財力がなかった院(下手をした人々の土地を院が没収しまくってるのもそのためらしい)にとって平氏はなくてはならない存在となった。平氏はほぼ白河院一代で急成長したと言っていい。国司として税を都まで運ぶ際の必要上で武力をもった(?)平氏は、長きに渡って純然たる武士の代表一族であった源氏とは比べ物にならない財力を持っていた。源氏と平家は武士として拮抗しているように後世では思い勝ちだが、源氏から見れば平氏は成り上がりである。平氏は一族仲がよく源氏は血みどろというのも、一つの席を一族で争う歴史を源氏は何代も経てきたのであり、それらの歴史の蓄積があるのと(あまり)ないのとでは大きな違いがある。王家の三種の神器、藤原家の朱器台盤のように、家督継承のシンボル(それさえ持てば家督相続者としての大義名分を持てる一族の家宝)として源氏重代の太刀を持つ源氏もまた、その意味ではそういう一族なのである。
母のうろ覚え情報が元なので間違いもあるかもですが。
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